近年、水性ボールペンのインクの性能が飛躍的に向上したのか、イラストが描きやすくなった。どのように良くなったかと言うと、インクの黒が以前より濃くなった。真っ黒な線が描けるようになった。おまけに滲まなくなった。線が均一になった。まったくいいとこずくめなのだ。これは大いに使わなくっちゃ。 まず、コピー用紙に水性ボールペンで線画を描いて、それをスキャンして、PhotoshopやIllustratorで加工たり着色する。手描きとパソコンを使ったイラストが、どうやら性分に合ってるように思う。最近、この手法で描いた右の2点。もともと和風ものが好きだったので、お姫様を描いてみた。そのまんまの和風では面白くないので、手に持った扇子を“ジュリアナ”っぽくしてみた。
阪神タイガースが優勝した1985年頃に描いたイラストです。身近にあったマジックインキとフェルトペンで描いて、トレスコープ(当時のデザインスタジオには必ずあったが、今では見られなくなった)で、わざとピンぼけにして線をとばしたり太らせたりしていた。この手法だと細部のディテールも気にしないで、ぐいぐい描いて、少々失敗してもあまり気にならないのがマジックインキのいいところで、今でもこの手法が気に入っていて、時々試している。
子どもの頃には町に芝居小屋や映画館が何軒もあって、日曜日には必ず父親と三本立てを観に行った。とくに美空ひばりや大川橋蔵が活躍する時代劇が大好きで、お気に入りは、市川右太衛門の「旗本退屈男」。派手な立ち回りと豪華な衣裳にうっとり。よく真似をした。 それにひきかえ、クラスメートはみんな日活ファンで、石原裕次郎や小林旭を真似て、空き地に積み上げた土管の上に登ったり、ポーズをつけて飛び降りたりしていた。なんかガサツなイメージがして好きになれなかった。 大人になってからは、加山雄三の「若大将シリーズ」も一応、観ることは観たが、ちゃらちゃらした台詞や、どこかおぼちゃま気取りのポーズがうっとおしかった。そのせいか、今でもマリンルックを見るとムカつく。
1985年頃に制作した切り絵による似顔絵です。これらは今はなき「プレイガイドジャーナル」誌(タウン誌の草分け的情報誌)の映画欄や音楽欄に掲載されました。厚紙に貼った黒いパントンオーバーレイをカッターナイフで切り抜いて、これもトレスコープで複写したのを原画にしていました。複写したら元の原画はぽいぽいすててしまったので、手元には1枚も残っていません。カッターナイフの使い過ぎで、指にタコができて、しまいには腱鞘炎になってしまいました。それで、次第にこの手法は使わなくなってしまいました。記念にと、自分が気にいったのを集めてハガキサイズで64ページの作品集を200部ほど自費出版することにしました。今ならWebを使うとこんなに簡単に作品集が作れますが、当時のスピード印刷(簡易オフセット印刷)でも何日かかかりました。出来上がるのを待ちきれず、自分で印刷所まで取りに行った。
黒沢明(1982) パントンオーバーレイ(カラートーン)を切って描いたイラスト。サングラスをかけた資料を元に、サングラスを外した顔を想像して描いた。だから、ほんとうの黒沢明さんは、こんな顔じゃないと思う。たぶん。